BI導入は成功したはずだった — 食品メーカー 経営企画室・安藤が気づいたDX失敗の本質

見える化で止まり、業務も会議も意思決定も変わらない会社で何が起きているのか

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プロローグ:安藤のDXプロジェクト

「これで、会社も変わるはずだ。」

経営企画室でDX推進リーダーを務める安藤は、モニターに映し出されたダッシュボードを見ながら、静かにそう呟いた。

売上、粗利、在庫回転率——これまで部門ごとにバラバラに管理されていた数値が、一つの画面に統合されている。ドリルダウンすれば事業部別、製品別、顧客別へと瞬時に切り替わり、スライサーを動かせば過去との比較も一瞬でできる。

プロジェクトは約一年。外部コンサルとともにレポート設計を詰め、各部門へのヒアリングを繰り返し、何度も仕様を見直した。各部門のKPIを設定し、稼働前の説明会でも、「これからはこのKPIをもとに現場で判断していく」と繰り返し伝えてきた。研修も実施して、「これからはデータで判断する会社になる」と何度も説明してきた。

ようやく、ここまで来たのだ。

来月の経営会議では、このダッシュボードを使って成果を報告する予定になっている。役員たちの前で「DXの手応え」を示す場だった。最近は経営会議でAIの話題も出始めており、「BIの次はAIだ」という声も聞こえてくる。安藤にとって、今回の成功はその先への足がかりでもあった。

だが——。

稼働して数週間後、安藤のもとに現場からの声が届き始めた。「このデータ、ちょっと使いづらいですね。」

営業部の会議室を覗くと、違和感のある光景が広がっていた。大画面にはBIツールのダッシュボードが表示されている。カラフルなグラフが並び、一見すると高度な分析が行われているように見える。しかし、その横では別の社員が、黙々とExcelを操作していた。

BIの横で、今日もExcelが開かれていた。

BIツールの横でExcelを操作する社員

「これ、ダウンロードして加工しないと使えないんですよ。」会議の準備資料作成のためにBIからデータをエクスポートし、Excelで並び替え、不要な項目を削り、グラフを作り直す。その作業だけで1時間以上かかっているという。

安藤は言葉を失った。これは自分が想定していた「データで判断する会社」の姿ではない。だが、なぜそうなっているのかが、すぐには飲み込めなかった。

さらに別の日、こんなやり取りも耳にした。「この売上の数字、合ってます? いや、部内会議の資料のと違うんですよね。」原因を調べると、返品の扱いの違いだということが分かった。「BIの売上の定義に統一するって確認しましたよね。」「それはそうだけど、現場は昔からこの数字でやってるんだ。今更変えられないよ。」正しいのはどちらか。あるいは、どちらも正しくないのか。誰も答えられなかった。安藤の頭の片隅に、嫌な予感が芽生え始めた。

混乱はそれだけではなかった。稼働直後の熱気の中で、各部署が思い思いにレポートを作り始めた。「見える化」が進んでいる証拠のはずだった。しかし、数ヶ月後には状況は一変する。「【最新】売上推移」「売上推移_2025修正版」「売上推移_確定版_v3」——似たような名前のレポートが乱立し、どれが正しいのか誰にも分からない。確認するたびに担当者が違い、「それは古いです」「いや、これは別のロジックです」と議論が噛み合わない。

そして、もう一つ気になることがあった。毎月の経営会議で、数字は画面に映し出されるようになった。しかし、会議の中身はほとんど変わっていない。部門長たちは資料を見ながら、「先月比でどうか」「前年差でどうか」を確認し、それぞれの状況を説明する。会議の場でKPIが話題に上がっても、「今月は未達でした」「来月は巻き返します」——そんなやり取りが続くだけで、なぜそうなっているのか、どこを変えるべきなのかという議論にはつながらない。いくつかの課題も共有されるが、それがどこに起因していて、何を変えるべきなのかという議論には深く踏み込まれない。最後に役員が口を開く。「状況は理解した。各部でしっかり対応してほしい」——そうして会議は終わる。誰も間違ったことは言っていない。しかし、何も決まっていない。

何も決まらない経営会議。

KPIダッシュボードを映しながら進む経営会議

数字は確かにそこにある。だが、それは「報告のための数字」であり、「意思決定のための数字」にはなっていなかった。

安藤は、その違和感を言葉にできずにいた。いや、正確には、言葉にはできていた。ただ、それを口にするべき立場ではないと感じていた。自分はあくまでシステムを作った側だ。会議のあり方や意思決定の構造に踏み込む役割ではない——そう思っていた。

そして、決定的だったのはデータそのものだった。SFAや基幹システムへの入力が、そもそも統一されていない。顧客区分は「A」「優良」「重要」「その他」が混在しているため、BIに表示されるのは「不明」や「その他」ばかりのグラフだった。「これ、見ても意味ないですね。」誰かがそう言った。安藤は何も言い返せなかった。

頭の中で、これまでのプロジェクトが次々と蘇る。要件定義、設計、テスト、研修——あれだけの時間とコストをかけて導入したシステムが、なぜ機能しないのか。

ツールは間違っていない。むしろ、よくできている。データも、ちゃんと出ている。それでも、現場は変わらない。会議は変わらない。意思決定は変わらない。

ツールではないとすれば、何が問題なのか——。安藤は、その問いをまだ言葉にできずにいた。

この物語はフィクションです。しかし、ここで描いた光景は、特別な失敗例ではありません。丁寧に進められたDXプロジェクトでさえ、多くの現場で繰り返し起きている現実です。

問題は、データが見えないことではなかった

BIを導入すると、売上、粗利、在庫、受注、顧客別実績などが見えるようになります。しかし、見えるようになることと、会社が変わることは同じではありません。

多くのDXプロジェクトでは、まず「見える化」が目標になります。もちろん、見える化は重要です。しかし、それはあくまで出発点です。

見える化で止まる会社では、次のような状態が起きます。

  • 数字は見えるが、何を判断するかが決まっていない
  • 会議で数字を見るが、業務変更の議論に進まない
  • レポートは増えるが、判断基準は増えない
  • データは共有されるが、責任とアクションは曖昧なまま

DXの目的は、データを見えるようにすることではありません。データを使って、業務と意思決定を変えることです。

BI導入が目的になると、業務は変わらない

BIプロジェクトでは、どうしても次のような点に意識が向きます。どのデータを連携するか、どんなレポートを作るか、どのKPIを表示するか、どの画面でどう見せるか、どの部署に展開するか——いずれも必要な作業です。しかし、それだけでは会社は変わりません。

本来、先に考えるべきなのは次の問いです。

  • どの業務判断を変えたいのか
  • 誰が、どのタイミングで、何を判断するのか
  • KPIが悪化した場合、誰が何をするのか
  • 会議では何を決めるのか
  • そのために必要なデータ定義は何か

BIは、業務と意思決定を変えるための手段です。ところが、プロジェクトが進むにつれて、いつの間にか「BIを作ること」「ダッシュボードを完成させること」が目的になってしまう。その瞬間、DXは本来の目的からずれていきます。

本当に見直すべきだったのは、レポートではなく業務だった

営業部がBIからExcelにダウンロードして加工していたのは、現場のリテラシー不足だけが原因ではありません。BIの画面が悪いだけでもありません。本当の原因は、BIを使って会議をどう進めるのか、誰がどの粒度で確認し、どのアクションにつなげるのかが設計されていなかったことです。

たとえば、次のような設計です。

  • 営業会議の目的を「報告」から「打ち手決定」に変える
  • 会議前に見るべき指標を決める
  • 会議中に判断する論点を決める
  • KPI未達時の確認観点を決める
  • 対応アクションと責任者を決める
  • 翌月に効果検証する仕組みを作る

ここまで設計して初めて、BIは業務の中に組み込まれます。BIを業務に合わせるだけでは不十分です。BIを使うことを前提に、業務そのものを見直す必要があります。

データ活用は、データが生まれる現場から始まっている

BI側でどれだけきれいなグラフを作っても、元のデータがばらばらであれば、意味のある分析にはなりません。顧客区分、商品分類、売上定義、返品・値引きの扱い、担当部署の紐づけ、取引先マスタ、入力タイミング、入力責任者——これらが曖昧なままだと、BIは「不明」「その他」「未分類」だらけになります。

BIは、現場で入力されたデータ以上に賢くはなれません。そして、データ品質の問題は、システム部門だけでは解決できません。業務部門が、なぜそのデータを入力するのか、どの判断に使われるのかを理解し、運用として定着させる必要があります。

数字を見る会議から、意思決定する会議へ変えられるか

多くの会社では、BI導入後も会議の中身が変わりません。先月比を確認する、前年比を確認する、未達理由を説明する、各部門が状況を報告する、最後に「各部で対応」となる——これでは、BIは報告資料の代替にしかなりません。

分かれ目は、会議を「数字を見る場」から「意思決定する場」へ変えられるかどうかです。何を見て、何を論点とし、誰が何を決め、誰がいつまでに動くのか。そこまで踏み込んで初めて、数字は意思決定のための数字になります。

DXは、見える化で終わってはいけない。
BI導入は手段であり、目的ではない。
変えるべきは、レポートではなく、業務・データ・意思決定である。

DX成功のポイント:業務・データ・意思決定をつなぎ直す

TKコンサルティングの考え方

安藤氏のプロジェクトは、決して手を抜いたものではありませんでした。むしろ、一般的に見れば丁寧に進められたDXプロジェクトだったと言えます。

それでも成果につながらなかったのは、BI導入の先にある業務の見直し、データ定義の整理、会議体の設計、意思決定プロセスの変更まで踏み込めていなかったからです。

DXは、データを見えるようにする取り組みではありません。データを使って、業務と意思決定を変える取り組みです。そのためには、ツールの導入だけでなく、業務の流れ、データの意味、会議で決めること、現場のアクションまでを一体で設計する必要があります。

TKコンサルティングでは、DXを「システムを入れること」ではなく、「業務・データ・意思決定をつなぎ直すこと」として捉えています。BIやAIといったデジタル技術を活用しながらも、起点に置くのはあくまで業務課題です。

何を変えるためにデータを見るのか。どの判断を速く、正確にしたいのか。現場の行動をどう変えたいのか。そうした問いから出発し、現場に定着するDXの進め方を設計します。

見える化で終わらせない。ツール導入で終わらせない。業務と意思決定の変化につながるDXへ。それが、TKコンサルティングのDX支援の考え方です。

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